アナゴの竹串。
もう撤退するか、それとも続けるか。
崖っぷちに立たされた私は、静かに自分に問いかけた。
「迷ったら、原点に戻れ。」
――ヨット部時代の言葉が、ふと脳裏に浮かんだ。
あの頃、強風の日ほど海に出た。
白波が立ち、艇が傾き、全身が海水まみれになる。
でも、港に帰り着いたときのあの達成感と幸福感。
あれこそが、生きている実感だった。
「ヨットマンが、カビごときで沈んでどうする!」
そう自分を奮い立たせ、再挑戦を決意。
――新しい竹串工場を探そう。
知り合いに相談を重ねるうち、
偶然、**中国・泰順(タイシュン)**の竹製品工場を紹介された。
地図を見てみると、温州市から車で6時間。
ほぼ福建省に近い山あいの町だ。
「よし、行ってみよう。」
長い道のりを経て、山道を抜け、やっとの思いで到着。
そこは家族総出で竹を削る家内工業の小さな工場だった。
打ち合わせを重ねるうちに、この工場の姿勢に惚れた。
治具(ジグ)を使い、長さも先端もきっちり揃える。
品質も価格も、申し分なし。
その場で生産を依頼した。
そして数か月後――。
新しい竹串が神戸の倉庫に届いた。
今度こそ、完璧。
初めて納品したとき、100万円を託してくれた“焼きアナゴの社長”の笑顔が見られた。
「ええ串やな。これなら使える。」
その一言で、胸が熱くなった。
だが、現実はまだ厳しかった。
売上は月15万円ほど。
利益なんて、出張経費にも届かない。
「このままでは家族を養えない。お客を増やすしかない。」
そう決意した私は、タウンページを広げた。
大阪から姫路まで、焼きアナゴ業者を片っ端からリストアップ。
商工会議所にも電話をかけまくり、
全リストをもとに飛び込み営業を開始!
――飛び込みは得意だ。
海の強風よりも、人の冷たい風の方が、まだマシだ。
「よし、やるぞ!」
新しい航海が、また始まった。